2009年06月20日

島田神介の笑いは科学 タケシとサンマと松本人志

たまにネットの動画で日本のTVを観ていると、ここにきて島田神介さんの露出が多いことにちょっと衝撃を受ける。
「おおっ、あの年でまだ一線級に復活して活躍してるなんて凄いなー!」
という衝撃である。
氏がかつて漫才ブームで売れたことは知っているが、コンビを解散した以降に思春期を迎えた世代にとって、島田神介という名前はそれほど価値も知名度もなかったように思う。少なくとも関東では。
それより漫才ブームからずっと一級線で仕事をしてきたビートたけしのほうが数倍のネームバリューがあり、人気も魅力も絶大であった。
少なくとも関東では。
しかしだ。ネットで見る限り、最近の島田神介は妙に面白く、ヘキサゴンなどでもわかるようにその「少なくとも関東では」の若者達にも受け入れられているようなのである。

確かに神介に司会をやらせればゲストとの絡みも上手く、その絡む配分やタイミングなどは最初から計算されているかのようだ。
ただし、島田神介の笑いは松本人志やタケシやサンマとはジャンルが異なる。
一言で言えば最初から計算され尽くした笑いというか、科学物質的な笑いなのである。
薬剤師が風邪に効く成分を調べて薬を調合するように、神介は笑いの成分、リズム、法則を調べて笑いを調合する天才なのだ。

その点、松本人志などは彼自身が一番のお笑いファンの薬草、高麗人参なもの。
笑いは計算などされておらず、そのときの感性勝負。
神介からしたらきっと恐ろしい存在に違いない。
何故なら自分が研究して味見して、材料もルーも世界から取り寄せて作った最高のカレーライスが、近所のおばさんがその辺のスーパーで買ってきた材料で作ったカレーより人気があるようなものなのだから。
「ほんまけっ!一体なんなんやこのおばんは!なんでやねんな!」という松本への恐怖が神介にはあるに違いない。

サンマは彼自身がお笑い茸で、笑いの成分が身体から飛び散っているようなもの。人には絶対に真似できないし、かつてサンマのお笑い路線を真似できた人も、しようとした人もいない。まさしく生まれながらのお笑いの怪童。
タケシは猛獣使いで、その猛獣は何しろ本人。自分がライオンになるときもあるし、そのライオンに乗っかりピエロを演じることもある。
猛獣とピエロという、激しい幅の振り子を己の体内で繰り返しており、その落差(お笑いと暴力)と自己への厳しさがビートたけしの顔に滲み出ている。ちなみにきっとタケシはお笑い好きではなく、ただ世間をお笑いというツールを使いながらぶん殴ってきたのである。その辺は松本人志などのお笑いオタクとはかなり違うところ。
タケシは激しい二面性が噴火した火山で、そのマグマは映画監督となり、お笑い、暴力、監督という三つの支点が出来た。
ここでもう一つの大きな支点が出来れば振り子は横だけでなく、揺れながら360℃回転するような強力な動きとなるはずだ。
でも最近のタケシは猛獣からパンダになって、餌食べながらウンコしているだけで客が喜ぶというちょっとずるい路線に移った。しかしこれはこれで唯一無二の世界。
今後80年は誰にも真似できないことだろう。

話は反れたが、純粋に「笑い」という部分のみで考えた場合、真の天才は誰だろうと思うと、それはやはり松本でもタケシでもなく、神介なのかもしれないと思う。そして今後一番稼ぐのも神介だろう。

何故なら神介は既存の笑いに加え、その時代の笑いの良い成分を吸収しながら常に進化し、笑いを作曲して行けるからだ。
しかしこの変化し続けるというのは簡単そうで実は誰も出来ないことなのだから、やはり神介は天才的な才能とセンスを持っているとしか思えない。
その点、高麗人参は高麗人参以外にはなれないのである。

posted by Nako at 15:23| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

三沢光晴 急死 

6月13日、プロレスラー・三沢光晴が急死したというニュースを見て驚く。
三沢といえばレスラーの中でも特に受身の上手な選手で、これまでもジャンボ鶴田、スティーブウイリアムスといった名選手の鬼のような急角度バックドロップを何発も食らってきている選手だ。
そんな三沢選手が今回のような・・・
今年の春でノアのテレビ中継が打ち切りという話は聞いていたが、きっと社長としての三沢光晴はそんなリアルな問題で心労が重なり、試合に集中できないほど体調が悪かったとしか考えられない。

三沢選手には沢山の思い出がある。
90年代に全日本プロレスの看板レスラーだった天龍源一郎が退団した時、当時誰が見ても「もう全日はやばい」と思った。
どうやばかったかというと、まずジャンボ鶴田以外に看板となる日本人選手が残っておらず、ジャンボだけが消化試合を行っているような状態だったのだ。そこに無理やりジャンボ鶴田のライバルに担ぎ出されてきたなというのが三沢だった。ただその時のジャンボは最強で、とても三沢じゃジャンボの相手にもならないというのがファンの認識だったのだ。当時は。
またその三沢の下に続く川田などはまだ天龍レボリューション時代のサムソン冬木のパシリという匂いが抜けず、試合中でもよく泡を吹いて失神しているような駄目青年という感じだったし、小橋もまだ空中サッポウなどでそこそこ勝てるようになっていたが、特に目立たない並みの選手だった(まさか後に彼が絶対王者と呼ばれるなど誰も思わなかったはずだ)。
しかしそんなファンのネガティブな予想と悲観を、三沢は不屈の闘志で裏切ってみせたのだ。

三沢が初めてジャンボに勝ったときの感動は忘れない。
アナウンサーも喉を枯らし、「三沢が勝った〜!!三沢が勝った〜!!」と絶叫していた。
今の時代で例えるなら、吉田秀彦がヒョードルを倒してしまうようなものに近い。それほどジャンボは無敵だったのである。

その勝ち方も、ジャンボに無理やり勝たせてもらったようには見せないほど内容が濃く、死闘の末の勝利で、ファンに世代交代と全日のエースは三沢という印象を植えつけた歴史的な一戦であった。
そしてその活躍に引っ張られるように、川田、小橋といった若手選手もどんどん成長し、全日はいつの間にかまさかの復活と異様な盛り上がりを取り戻したのであった。
が、それから数年で馬場社長、鶴田と全日の巨頭が相次いで他界し、全日の秩序と威厳は再び無と化した。
色々な確執があったのだろうが、結局三沢は選手を引き連れて独立という意外な道を選び、新団体を立ち上げ、社長とレスラーという二束のわらじをはくことになった。まだプロレスに陽が当たっていた時代である。最初からTV放送もついていたし、選手には希望があった。

それからプロレスはK−1やPRIDEなどの新しい風に押され、次第に影を潜めてゆくのだが、三沢の立ち上げたノアはそんな時代の流れにも左右されない、独自のプロレス哲学を突き進んでいたのでコアなファンを魅了した。
しかしそんなプロレスの原点ノアに、ついに2009年、TV放送の打ち切りという、経営者にとっては死刑宣告に等しい切実な問題が忍び寄せた。
三沢達選手に何の非があったというのだろう。体を酷使し、40を過ぎた男達がボロボロになって日々戦って来たのだ。
しかし時代の流れは冷たい。経営者の三沢は、相手にエルボーを見舞いながら寂しかったと思う。
痛い思いしても金と名声に繋がったプロレス黄金期は良かった。
死のリスクと引き換えに場外に飛んだ姿を全国のファンが熱狂してくれた日があった。
しかし今は・・・。

多くの選手を養う三沢社長の心は複雑だったに違いない。


今回三沢選手の訃報を知って本当に驚いた。
自分が少年時代に熱狂した大好きな選手が死んだのだから当然である。
しかし、三沢選手にはまだ頑張って欲しかったという気はない。
何故なら私の中でプロレスはもはや過去の残像になってしまっているからだ。
例えるなら、昔付き合っていた彼女のことを思い出す、その程度なのである。
「どこかで元気にしてくれていれば良い」とは思うが、でも風のうわさで彼女に不幸があったと聞けばそれはやはり悲しい。
でもかといって彼女にも家庭があるし、こちらから何もしてあげられる立場にないしそんな余裕もない。また彼女もそんなこと望んでいないだろう。こんなのきっと俺のエゴなんだよ。

そんな感覚であるが、それにしても今回のニュースはさすがにちょっとこたえたな〜。
三沢光晴、すごかったよ!


ラベル:三沢光晴
posted by Nako at 21:06| バンコク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

イサーンのお祭り

今日はメコン川のほとりのお寺の近くで、小さなお祭りがありました。

maturi.JPG

洋服やおもちゃ、射的などのゲームといった屋台が所狭しとならび、中には刺青されたキューピー人形が80バーツで売られていました。
(写真撮らなかった俺のばか)
品揃えは「?」でしたが、夕暮れのメコン川の風に吹かれながら、一個10バーツのアイスクリームを食べながらショボショボ歩いてみるのもなかなか良い気持ち。
帰りに夜のビールのつまみにスルメイカを5枚ほど買い、お寺で線香を上げてから帰宅。
あー、ビールがマイウー!


tera.JPG


posted by Nako at 01:29| バンコク ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | イサーン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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