2009年08月23日

少女時代

ああ気持ち悪い!
それは私の知り合いの、もうアラフォーのいい年した日本のおっさんが、最近日本で売れているというなんだか横文字のユニットで、まだドングリに毛の生えたような子供の顔した少女達のコンサートDVDに夢中になっていることだ。
「しかし最高だな〜」というそのコンサートDVDを一度一緒に見てみたが、それはそれは何てことはない、まるで味も素っ気もない機械的で主張のないリズムで、その音に合わせて心酔し、のぼせている隣のおっさんの気持ちというのが理解できないし、心底気持ち悪いと思った。

DVDの中で、途中興奮した少女達は感極まり、「今最高に幸せですっ!」とか、「3階席の人たち元気ですかー!」とか叫ぶのだが、このどうみてもシュミレーション通りの感動と一体感を作ろうとする彼女達のただ必死なだけの言葉に観客はまた気味悪いほど反応する。そしてその声援の声がかなり必死で恐ろしい。1オクターブ高い。
まだ十代のこいつらに「最高に幸せです!」と言わせるためにお金出してチケットを買い、わざわざ会場に足を運ぶ奴らというのは一体なんなのだろうか。
またその少女達がどれだけ美人かというとなんてことはない、まだ女の色気もなければいたってその辺の体育館でバスケットでもやり、これからワキガ予備軍になっていきそうな普通の子である。
まあ、今時はこういったあまり個性のないロボット的な少女達のロボットソングのほうが自分が勝手に想像、感情移入できる余地があっていいのかもしれないが、それにしてもあんなくだらない曲がヒットしているという今の日本の行く末が心配でならない。目を冷めせ、日本のおっさんども!現実と向き合えよ!!現実の女や、その前に奥さんとちゃんと営みしてやれよ!

ところで話は変わるが、最近久しぶりにときめいた女性ユニットを発見した。それは韓国のガールズジェネレーション(少女時代)というユニット。

12.jpg


彼女達の歌に「GEE」という歌があるのだが、これがなかなか良い。
メンバーはそれほど少女とは思えない顔ぶれで特別美人にも思えないが、いわゆる乙女の気持ちをそのままストレートに表現している姿が、その時期の本来の生物の姿として自然にかわいく、見ているこちらも清々しい気分になる。
タイでも最近は韓国の芸能文化が支持されており、いまや日本ブームなどすっかり影を潜めているが、その理由もわかる気がする。
というのも、ドラマや音楽にしても韓国スターのほうが表現がストレートというか、いわゆる普通、スタンダードなのだ。
その点日本の芸能文化は妙に懲りすぎているというか、例えば絵文字とか2CHとかで使われている言葉を見てもわかるが、「僕はあなたの意見にとても共感しました」とか、「今日は何をしてるのですか、出来たら会いたいです」と言えばすむものを、なんだか専門用語や合成文字みたいの使って「俺ら住人にしかわからない・私ら仲間にしかわからない」的な差別意識と特別意識とエリート意識を足して3で割ったような狭い感覚で満足しているノリがなかなかどうして陰気くさい。
その辺の不気味な縄張り文化が芸能界にも出ているため、これからも日本の芸能は海外からますます理解されなくなるだろう。

芸能界といえばノリピー問題で大騒ぎしているそうだが、もちろん自分で抑制の効かないレベルの薬物は生活と人生が破綻するので絶対に悪。
でも、元々海外からそんな物質が入らず、国内で売る人間がいなければこの問題もなかったということを思うと、入管や警察、税関、政府にも落ち度がある。
そこを考えると、あんなノリピーという自国民を鬼の首取ったかのように吊るす警察とマスコミの態度は生意気ではないだろうか。
違法物質は水際で防ぐのが本来の国の義務であって、はっきりいってあんな末端の使用者を捕まえたって大局では何の解決にもならない。
もっと密輸組織や国内の販売組織を捕まえてみろよボケッ!


ということで、本日の笑点お開きにさせていただきます。

posted by Nako at 05:45| バンコク ☔| Comment(11) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

姓名判断の不思議

これまで占いとうものをあまり信じないように生きてきた。
今あること、今起きていることだけが所詮現実なのだと思っていたからで、星占いとかは「だったら同じ生年月日の人は同じ人生を歩むのかよ」とか思っていたからだ。

が、最近どうも人生にはバイオリズムとか宿命とか浮き沈みとか人とのご縁とか潜在意識とか、色々な不思議が間違いなくあるなということは感じはじめている。
もちろん理由とか仕組みはわからないが、生年月日、名前の画数とかはかなり大きくその人の人生に影響を及ぼしていると実感する。

わかりやすく例えるならば、こうした人間の数字(画数)というのはラジオでいうところの周波数で、人によって受信している放送が違うため、同じ出来事を体験しても人によって反応は違ってくるのではないだろうか。
きっとジミー大西とか岡本太郎のような人はかなり珍しい番組を視聴しているのだと思うし、彼等の身体がそういう周波数を受信する装置を内臓しているのだとも思う。

さて、この周波数だが、一番わかりやすく調べることが出来るのは今のところ姓名判断だと思う。

南山誠林
http://www.seimeihandan.jp/

名前の総画というのはラジオでいうところの放送局で、実際はさらに細かい番組などまで細分化されるのだろうが、局の持つ全体的な傾向や性質というのもは確かに存在する。

以下、勝手な仮説だが、私は名前や人生に限らず宇宙や世の中というものは全て数字に支配されているのだと思っている。
宇宙は偉大だが、例えば月の満ち引きとか地球の自転とか1年は約365日とか、壮大ながらも以外に規則正しい営みを続けているのは何かしらの法則があるからだろう。

以前NHKの番組で「ブレインマン」という番組が放送されたが、これに登場したサヴァン症候群症のダニエル・タメットという青年は、実際この世の中が全て数字で見えるのだという。

1=明るく輝く白
5=雷鳴
9=重く苦しい
89=舞い落ちる雪

国によって縁起の良い数字というものが存在するが、きっと無意識の内に数字の持つパワーや性格を感じているからに違いないし、国によって好む数字が違うのはその環境に応じて必要な数字を欲しているからだと思う。例えばエスキモーとアフリカの人間が同じ数字(エネルギー)を欲するわけもなく、こういう生活体系の差によって生ずる民族意識はエスノセンスリズムという。

番組の中でダニエルがテロ後のニューヨークの町並みを見て、町並みが9に見えると言ったのは忘れられない。ちなみに彼は暗算も天才だが、全ては物体同士が重なり合い変化するイメージで計算しているのだという。

思えばDNAもコンピューターも仕組みは単純で、0か1という、たった二つの数字の重なり合いで成立している。
コンピュータ作った人って本当に天才だと思うが、壮大な宇宙も意外に0と1の配列の現象に過ぎないのかもしれない。




ラベル:姓名判断
posted by Nako at 18:08| バンコク ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 空想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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